企画ワークショップ
~ウクライナからの研究者と語る夕べ~
SSCでは、2022年9月25日ウクライナのマルマゾフ博士を招いて講演会を行った。博士は、東京大学未来ビジョン研究センターに客員教授として滞在されているが、その前には、スタンフォード大学、ロンドン大学などで客員をされている。2003-2005年には、ウクライナ司法省の副大臣も務められた。
その際に話題提供された「ウクライナの 7 つのシナリオ 勝利から衰退へ」というプレゼンが、現在「泥沼化」しそうなウクライナ侵攻の今後を考える大きな示唆になると思い、ここに紹介する。このシナリオは、NGOのウクライナ政治研究所(Ukrainian Institute of Politics)の名前で発表されているが、7名の研究者の著作であり、研究所のすべての研究者の総意に基づいたものではないことを断っておく。原文は、別に掲載するので、興味のある人は、それを参照してもらいたい。
その7つのシナリオとは、
シナリオ1 - 「勝利」
シナリオ2 - 「成功」
シナリオ3 - 「ほどほの勝利」
シナリオ4 - 「デッドエンド」
シナリオ5 - 「不均衡」
シナリオ6 - 「失敗」
シナリオ7 - 「敗北」
である。勝利から敗北までを直線に並べれば、シナリオ4のデッドエンドがゼロに対応し、程度に応じて勝利から敗北まで並んでいるように思われる。ここでは、現実的な判断から、シナリオ4「デッドエンド」、シナリオ5「不均衡」、シナリオ3「ほどほどの勝利」の3つを紹介してみたい。
シナリオ4 デッドエンドー行き止まり
このシナリオは、両国の戦争がどうにも動かず停滞した状況を表している。
メルクマール(特徴)としては、
(1) 長期にわたる、低調な戦争と、政治的な合意なしの戦闘の一時的な凍結、
(2) 新しいタイプのミンスク合意
(3) 両国が、「戦略的勝利」を宣言
(4) 最前線が条件付きの境界として機能
(5) ロシア連邦と米国、およびその同盟国との対決の継続
が挙げられる。
起こりうるウクライナでの変化としては、以下のことが述べられている。
(1) 政治的には、新しい戦争やロシア連邦からの侵略の危険性が残る。前線にそって条件付きの国境が残る。ウクライナでは大統領の力が強くなり、政治的な競争がなくなる。正式な総選挙が行われる。外部の影響力が強まる。
(2) 経済的には、経済の援助的な性質から、外国の財政支援への依存度が上がる。経済情勢は困難を続ける。一部の経済は回復するものの、安定性の欠如と戦争再開の可能性から、戦前の状態への回復は不可能である。前線に接していない地域の状況は、もっと良いが、主なビジネスは流通であろう。経済の主要部分は、農業と軍事である。
(3) 社会面では、市民の生活は徐々に回復し、避難者の帰還も一部起きるであろう。しかし、依然として裕福で教育された市民は国外に残る。
このシナリオが実現するには、以下の様な条件が必要であろう。
海外からの財政的、軍事的援助は、ロシアの侵攻を止めるのには十分であるが、押し戻して占領地を開放するには十分ではない。ウクライナとロシアは疲弊し、戦闘の継続はできないが、効果的な平和的解決を結ぶ準備はできていない。世界のエリートたちが、ウクライナでの軍事的な衝突を凍結する合意に達することは可能であろう。
註 イスタンブール合意
2022年3月29日のイスタンブールでの会談後、報道陣にリークされたこの提案は、少なくとも双方から予備的な支持を得ている。ウクライナはNATO加盟の野心を捨て、永世中立を受け入れる代わりに、西側諸国とロシアの双方から安全保障を受けるというものである。
保証人は、中国、フランス、ロシア、英国、米国の国連安保理常任理事国すべてと、カナダ、ドイツ、イスラエル、イタリア、ポーランド、トルコの5カ国とされる。これらの保証国は、ウクライナが攻撃された場合、同国からの公式要請を受けて緊急協議を行い、必要に応じて武力行使を含む支援を行うとしている。
このイスタンブール案では、ロシアはウクライナの安全保障に関わる利害関係者となる。ウクライナはいかなる軍事連合にも参加せず、自国領土に外国軍の基地や軍隊を持たない。ウクライナでの多国間軍事演習は、すべての保証国の同意がある場合にのみ可能である。
シナリオ5 不均衡
このシナリオのメルクマールは、以下のとおりである。
(1) イスタンブールオプションに関する、問題を含む妥協。ロシアとウクライナはどちらかが完全に勝った、負けたということなく、戦争状態の停止に関する平和合意にサインする。
(2) 軍事的民主主義。新しい戦争の可能性。
(3) 2月24日以前の境界に戻り、ロシアのウクライナが非同盟でいるという要求の一部を受け入れること。
(4) 領土問題を凍結。ロシアとアメリカおよび連合国との部分的妥協。
ウクライナで起こりうる変化としては、
(1) 社会的には、以下の様なことが起こるであろう。ロシア軍は、2022年2月23日の境界に戻る。アメリカ、イギリス、フランス、トルコ、ドイツ、カナダ、イタリー、ポーランド、イスラエルなどは、ウクライナに対する安全保障を与えるだろう。ここには、クリミアとORDLO(ドネツク、ルガンスク)は含まず。NATOや他の軍事同盟に加わらない。EU加盟への可能性は残る。国内的な政治的競争は徐々に復活し、大統領選や国会選挙で争いは起き、政治的には分断的になる。
(2) 経済的には、外部からの支援により徐々に経済は回復する。農業や資源、サービス部門、軍事部門、そしで貿易部門が経済の主要部分であろう。
(3) 社会的には、市民の生活水準は徐々に回復し、避難民は徐々にウクライナに戻る。
これが実現するプロセスとしては、以下のことが考えられる。前線での膠着が、平和交渉再開の条件を与えるであろう。また、世界的な安全保障の危機が激化し、世界経済が重大な損失を被っているので、アメリカとEUとロシアとのウクライナでの戦争を止めるという合意があるかもしれない。中国などの国際的な仲介者も重要な役割を果たしうる。
シナリオ3 ほどほどの勝利
このシナリオは、完全勝利ではなく、一部の勝利であると思われる。
メルクマールとしては、
(1) ウクライナでのロシアの攻撃を跳ね返して、開戦前の状況を回復する。
(2) 2022年2月24日以前の国境へ戻る。
(3) ウクライナに対するロシアの戦争の永続的、あるいは、一時的な拒絶
(4) ORDLO(ドネツク、ルガンスク)の状況に関する交渉の再開
(5) クリミアに関しては問題凍結
である。
ウクライナで起こりうる結果としては、
(1) 政治的には、ロシアとの新しい戦争や領土併合の可能性が残る。EUへの参加について軍事的中立。国内政治としては、大統領権限の強化、限定的な競争的選挙、軍隊への高い人気。
(2) 経済的には、重大な人的、インフラ的、経済的な損失からゆっくりと回復。主要産業は、軍事、農業、そして、資源探査。
(3) 社会的には、市民の生活水準は戦争終結時の低さのままであり、ロシアの敵意は徐々に大きくなってゆくであろう。避難者は部分的に戻ってくるであろう。
実行条件としては、このシナリオは、ウクライナ軍の活発な反撃と、ロシア軍の敗北で可能となる。ケルソン地域の完全開放、ザポロリジアおよびカルキフの部分開放である。その後は、関係国の間に合意や約束がなければ、敵意は継続することであろう。アメリカやNATO,ロシア、国際的な仲介者の間での合意が決定的な役割を果たす。